『神秘哲学 : ギリシアの部』 井筒 俊彦 著

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  井筒俊彦の著作は、類まれな言語能力を駆使してギリシア哲学を始め、イスラム哲学、インド哲学さらには老荘思想から仏教まで世界の叡智を深く読み解き、常に人間の本質について示唆を与えてくれる。
 この本は、井筒の初期代表作『神秘哲學-ギリシアの部』(世界哲學講座14 哲學修道院ロゴス自由大学, 1949 (発売 : 光の書房)) を底本とし、新字・新かなに改めて2010年に復刊されたもの。「第一部 ギリシア神秘哲学」と「附録 ギリシアの自然神秘主義 : 希臘哲学の誕生」の二部構成となっている。
 <序文>によれば、第一部と附録は本来は別々の単行本として出版される予定だったようだ。そのため、附録から読み始めて第一部へと読み進むと、井筒がギリシア哲学における神秘主義をいかに捉えていったか、その道筋がより理解できる。

『附録 ギリシアの自然神秘主義 : 希臘哲学の誕生』
 ギリシア哲学発生を正しく理解し評価する前提として「自然神秘主義体験」を置く独自の思索が展開されていく。導入部ではオデュセイアから始まり、ヘシオドス、サッポーなどを取り上げ、あたかも一種の文学論のようにも思える。しかし「第八章 ディオニュソスの狂乱」から「第十章 二つの霊魂観」に至ると、ギリシア哲学の萌芽からクセノファネスそしてピュタゴラスへと続く過程が熱く語られている。

『第一部 ギリシア神秘哲学』
 第一章「ソクラテス以前の神秘哲学」は、附録の内容とやや重なる部分。
 第二章から第四章にかけては、プラトン、アリストテレスそしてプロティノスの「神秘哲学」についての考察が続く。「神秘哲学」であるから、シュヴェーグラーの『西洋哲学史』などで展開される論とはかなり異なる。特に、新プラトン主義の一人として軽く記述されることが多いプロティノスについて、多くのページを割き、その思考の道筋を丹念に追っているのには圧倒される。

 井筒が後年、神秘主義思想を深める中で、イスラム教 (コーラン)からインド哲学 (仏教) さらには道教、易経、儒教へと研究方向を東洋哲学にシフトしていく芽が、既にここにあったことを強く感じる著作だった。

 *『神秘哲学 : ギリシアの部』井筒 俊彦 著 慶應義塾大学出版会, 2010.12  (ISBN: 9784766417296)