安堵の塔 (ルルゲさん) と安堵橋 (右京区嵯峨)
嵯峨広沢南野町の阿刀神社近くに “ルルゲさん” と呼ばれる史跡があると知り「何だろう?」と気になって行ってみることに。新丸太町通の「阿刀神社参道入り口」の少し西にある「広沢南野町」の信号を左折して2, 3分行くと、有栖川にかかる橋があり、その橋を渡った先に “ルルゲさん" 発見!
【安堵の塔 (ルルゲさん) (嵯峨中又町)】
“ルルゲさん” こと「安堵の塔」の正体は、法華経のお題目が刻まれた題目石のことだった。運送会社の建物に隣接し、さらに道路から一段下がった場所に大きな石が祀られている。よく見れば「南無妙法蓮華経」と刻まれ、傍には「日像上人題目石」の石標。しかし道路際に駒札が無ければ通り過ぎてしまいそうだ。
駒札によればその由来は
「鎌倉時代後期の1314年、日蓮聖人の孫弟子である龍華樹院日像は、車折神社社頭で法華経の布教中に他宗徒の迫害を受けた。近くの 兜塚古墳
に身を隠して難を逃れることができた日像は、これに感謝して古墳の石蓋に「波動 (なみゆり) のお題目」を刻んだ。」 とのこと。なんと塔は古墳の石蓋であった大岩!ともあれそれ以来人々からは、災難を避ける功徳があるとして、日像聖人の院号「龍華樹院」に因んで「ルルゲさん」と呼ばれ親しまれてきたという。
【兜塚(甲塚 かぶとづか)古墳 (嵯峨甲塚町)】
「安堵の塔」の南側にこんもりとした森が見えるが、どうやらそこに「ルルゲさん」ゆかりの「兜塚古墳」があるようだ。現在は私有地となっていて拝見はできない。
「兜塚古墳」は古墳時代後期の7世紀前半頃の築造と推定される円墳で、兜の形をした外観からこのように呼称されているらしい。蛇塚古墳・円山古墳に続く最後の首長墓とされ、嵯峨野一帯を開発した渡来系氏族秦氏との関連が考えられている。その規模は、直径約38m、高さ約5.5m。横穴式石室は開かれた状態で内部を見ることができ、奥の玄室には祠が祀られているとのこと。
江戸後期の秋里籬島による地誌『都名所図会』には、次のように案内されている。
甲塚 (かぶとつか) 安堵橋の左にあり。むかし火の雨降し時諸人こゝに隠るといへり、中に岩窟あり。
古くは近隣の人々の避難場所として使われていたのだろう。
【日像聖人と「波動(なみゆり)のお題目」】
下総国 (現在千葉県北部) 出生の日像聖人 (1269-1342) は、日蓮聖人の遺命 (京都と天皇への布教) を受けて1293年に入京を決意。布教成就のため鎌倉の由比ヶ浜で行った百日間の荒行の最終日の朝、海面に書いたお題目が金色に光って浮き上がり、波に揺れるように漂うのを見た。その躍るような曲線が特徴的なお題目は以来「波揺 (なみゆ) り題目」と呼ばれ、現在も日像聖人ゆかりの寺で伝えられているとのこと。
1294年に上洛した日像は、禁裏に布教の許しを上奏して辻説法を始め、有力町衆などの帰依を受けるが、諸大寺からの圧力によって3度の配流や追放そして赦免を経験 (「三黜三赦 (さんちつさんしや) の法難」)。しかし1321年、後醍醐天皇に寺領を賜り「妙顕寺」を建立。1334年には後醍醐天皇より綸旨を賜り、法華宗号を許されて「妙顕寺」は勅願寺となった。
【安堵橋(あんどのはし)(嵯峨甲塚町)】
「安堵の塔 (ルルゲさん)」から有栖川沿いに東に少し歩くと、川が南に向かう場所に小さな橋が架かっている。現在は町名に合わせてか「甲塚 (こうつか) 橋」と呼ばれているが、古くは「安堵橋」と称されていた。『都名所図会』には次のように記されている。
安堵橋 (あんどのはし) 帷子辻の西にあり。むかし清凉寺のほとり火災に及ぶ、赤栴檀の香比叡山に薫ず。大衆大いに驚て嵯峨に奔る、此所にて尊容に過なきを聞て安堵す。是より名づけ初めしとぞ。
また橋のすぐ北側に「阿刀神社」があることから「あんどのはし」と呼ばれたという言い伝えもあるとか。
橋を渡ると道は二手に分かれ、その分岐点に2つの道標が並び建つ。背の高い方は「右 三条通 六条 ふしみ」「左 北野天満宮 二条 下立売」などとあり、「文政七年再建」と刻まれている。背の低い方はさらに古いものなのかよく読めないが、京都市歴史資料館の「いしぶみデータベース」では「右 三条みち」「左 五条みち」となっている。かつてはきっと多くの人々がこの道を通って「愛宕詣」に行ったのだろう。
まだ嵯峨野に田畑が広がっていた時代、「安堵橋」近くに巨石が屹立するようにあり、それを見た人々が「まるで塔のようだ」と思い、何時しか誰言うともなく「安堵の塔」と呼ばれるようになったのかななどと想像してみるのも愉しい。京都は古い街道を歩いていると、思いがけず様々な史跡に出会い、そして歴史を深く知ることができてなんとも興味が尽きない。
<参考資料>
・ 『都名所図会』巻之四 右白虎再刻 国際日本文化研究センター
・ 中・右京健康友の会常盤野支部ニュース 『つながり』 No.103, 2018.5 「歩いて行ける名所名跡案内 25」 小谷明 著
・ 『ルルゲさんと兜塚古墳』 嵐電 : みやこの路大事典 ・ 妙顕寺 公式ホームページ
・ フリー百科事典 『ウィキペディア(Wikipedia)』
・ フィールド・ミュージアム京都 『いしぶみデータベース』 京都市歴史資料館