宇多野病院と桜

鳴滝音戸山の一条通り沿いにある 独立行政法人国立病院機構「宇多野病院」、実はご近所ではよく知られた桜の名所。これまでは「きれいに桜が咲いているなあ」と思いつつ一条通りから眺めていた。ところが最近、「宇多野病院」が開設100年を過ぎたことを記念して「桜守」こと佐野藤右衛門さんが桜を寄贈・植樹されたことを新聞で知り、少しだけ拝見しに行ってみた。
病院なので平日は避けて日曜日にお邪魔することに。正門を入るとすぐの右手に、植樹されたばかりの「宇多野山桜」があった。その前には「開院百周年記念植樹 佐野藤右衛門氏寄贈 宇多野山桜」と刻まれた石碑が建立されている。残念ながら桜の花はもう散ってしまったようで、上の方にわずかばかり咲いていた。

【宇多野病院と桜の歩んだ道】
「宇多野病院」は1920 (大正9) 年に 京都市立宇多野療養所 として創設。戦後の1947 (昭和22) 年には 国立宇多野療養所 となり、これまでに多くの難病患者を受け入れてきた。
1941 (昭和16) 年に始まった太平洋戦争は、翌年以降次第に国民生活に大きな影響を及ぼすようになり日本は主食にもこと欠く状況となった。当時病院の近くには多くの造園業を営む人々が住んでいたらしいが、政府は土地を畑に転用してイモや野菜などの食物の栽培をするよう強要。大切に育てた苗木を切り倒すのは忍びない造園業者達は、宇多野病院にそれらを「疎開」させてもらったという。

その中の一人に先代の佐野藤右衛門さんがいた。警察から鑑賞用の桜を伐採して食料増産に励むよう命ぜらた藤右衛門さんは、病院にお願いして敷地の方々に桜の苗木を避難させた。やがて終戦を迎え、無事に育った桜の苗木は、毎年宇多野病院を美しく彩るようになったとのこと。
今回の植樹は、藤右衛門さんから「宇多野病院」への感謝の印なのだろう。
美しい桜咲く景色に、そんな秘められた悲しい歴史があったとは知らなかった。

「宇多野山桜」は見られなかったが、病院の庭や駐車場にはまだまだ色々な桜が咲いていた。染井吉野や枝垂桜はもう散り始めていたが、八重咲の濃いピンクも鮮やかな「麒麟 きりん」や薄黄緑から少しピンク色になり始めた「鬱金 うこん」、清楚な白が印象的な「太白 たいはく」などは盛り。遅咲きの「関山 かんざん」はまだまだ蕾だが、チラホラと華やかな濃紅色の花が開き始めている。
桜以外にも赤紫の鮮やかなハナズオウ (花蘇芳)、下草のタンポポやヘビイチゴ、カラスノエンドウなどの花も咲きとても自然を大切にされているようだ。そして何よりも静かなのがいい。

病院のホームページには「うたの散歩道」というコーナーがあり、病院に咲く桜の種類やその画像、「桜マップ」などが掲載されている。「御衣黄」「普賢像」「鎌足」などの珍しい桜もあるようだ。
今在る平穏な暮らしに感謝しながら病院を後にした。
<参考資料>
・ 独立行政法人国立病院機構「宇多野病院」 ホームページ
・ 京都新聞 Web版 2023.3.1