印空寺の “姥桜” に思う

山越の植藤造園さんのお向かいにある「印空寺」に久しぶりに訪れてみた。
西山浄土宗「印空寺」は平成になって再建された寺院で、山門と本堂の間に「二河白道 (にがびゃくどう)」と呼ばれる端正な石庭がある。山門を入った右手には紅枝垂桜があり、鮮やかな濃いピンクの花を咲かせている。その向かいには、「葉書」の語源とも言われる多羅葉 (たらよう) の木が艶やかな緑の葉を茂らせている。
山門の左手奥にある鐘楼を拝見してふと庫裡の方に目を遣ると、庭の隅に桜の古木。枝は殆ど剪り取られ、幹も上の方が無い状態なのにすっくと真っ直ぐに立っている。しかも細い若枝がいくつも伸びて可憐な花を咲かせている。

自然の持つ生命力、強さには人間は敵わないとつくづく思う。
そう言えば、”桜守” こと佐野藤右衛門さんは、 “姥桜" の魅力について、次のように語っていらっしゃる。
姥桜は、自分で枝や幹を少しずつ枯らしながら花をつける。調整せんと体がもたへんからね。知恵を働かせて永らえるから、皺くちゃの幹に風格がある。そこに花がほろりと咲いて「色香」を放つ。なかなか姥桜にはなれへんぞ、というのはそこですわ。(「植藤造園 ホームページ」より)

“姥桜" … 良い言葉…。
帰り際、ふと見上げると辛夷の白い花がきれいに咲いていた。青い空によく映える。
ここはとても長閑で平和だけれど、同じ空の下、遥か彼方では今日も戦いが続く国があることを思うと、チクリと心が痛む。