史跡御土居の青もみじ (北野天満宮)
北野天満宮境内の西側を流れる紙屋川沿いには、豊臣秀吉が桃山時代に築いた土塁 「御土居」 の一部が今も残り 「もみじ苑」 となっている。普段は入れないが、春と秋には公開されているので、5月初旬、新緑のもみじを観に訪れた。
本殿付近は修学旅行の学生達や団体旅行客で賑わっていたが、「もみじ苑」 まで足を延ばす人はそれほど多くはなく、ゆっくり散策できた。
もともと紙屋川付近には自生のもみじが多かったらしいが、その後の整備で植林もされ、現在350本ほどのもみじがあるという。新緑の中で紙屋川を見下ろす景色、そして川沿いを歩きながらもみじ揺れる空を見上げる景色、どちらも捨て難い。
【菅公歌碑と御土居の大ケヤキ】
「もみじ苑」 を入るとすぐの右手に 「菅公御歌」
の歌碑が建つ。
このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
『古今集』(羇旅 420) そして『小倉百人一首』(旅) にも撰された菅原道真の歌。『古今集』詞書には「朱雀院のならにおはしましたりける時にたむけ山にてよみける」とある。道真を重用した朱雀院 (宇多上皇) が、大和地方に「宮滝御幸」した折に随行した道真が詠んだ一首。
歌意は 「手向山八幡宮への突然の参拝に、お供物を準備することもできませんが、手向山の美しい錦のような紅葉をお手向けしますので、神のお心のままにお受け取りください」。
またその近くには 『東風 こち』 と名づけられた大欅 (けやき) が、どっしりと根を張り御土居を見守るように枝を広げている。
道真が太宰府に左遷される前に大切にしていた梅の木を前に詠んだ和歌
東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな (拾遺和歌集)
に因んだ名のようだが、樹齢約600年、幹回り約6mという大木。この付近は御土居の頂部らしく、大欅は土塁構築の際に植えられたとされている。京都から太宰府へと「東風」を吹かせ続ける「御神木」のような存在かな。
【史跡 御土居 (おどい)】
「御土居 (おどい)」とは、天正19 (1591) 年、豊臣秀吉が京の都市改造の一環として、外敵の来襲に備えるための防塁そして鴨川の氾濫から市街地を守るための堤防として市内四囲約23kmにわたって築いた土塁。現在、北野天満宮を含め9ヶ所が史跡指定されているが、特に北野天満宮の御土居は平安京の北西 (乾) にあたるため最も重要な箇所とされ、「切石組暗渠」 が残存するなど歴史的に重要とされている。
平安京の大内裏が現在の千本丸太町にあった時代、天満宮東側を流れる西大宮川 (松葉川) の水は御所の用水として使用されていたため、北野は特に清浄の地とされた。そのため秀吉は、この清浄の地に水が溜まらないように、御土居を貫通する約20mにおよぶ暗渠 (悪水抜き) を設けて境内神域を守った。(「史跡 御土居」説明札より)
【茶室 梅交軒と舞台】
入口から南に進むと朱色の欄干が目を惹く小さな「舞台」がある。欄干近くから眼下を望めば、紙屋川の流れと川に架かる朱色の太鼓橋「鶯橋」がよく見える。隣には 「梅交軒」
と名付けられた風流な茶室がある。篝火の準備もされており、夜間ライトアップの時には篝火が焚かれるのだろう。秋の紅葉の公開時には、「梅交軒」で景色を眺めながら濃茶の接待が楽しめるとか。
【三叉の紅葉】
紙屋川を見下ろすように架かる橋を渡って川沿いの散歩道に下りると、西側は高い土手が続く。「鶯橋」の近くに 「三叉の紅葉」 と呼ばれる楓の古木がある。根元近くから幹が三方へと伸びている様子からこう名づけられたのか。駒札の説明によれば、樹齢400年以上になり、御土居建造以前より紙屋川の川辺に自生しているとのこと。
長い年月を経てもなお、逞しく枝を広げて葉を茂らせている楓の姿は美しい。
【鶯 橋】
御土居を流れる紙屋川の北寄りに架かる朱色の太鼓橋。この付近では春には鶯がよく囀ることに由来して 『鶯橋』
と命名されたという。1933 (昭和8) 年4月に現在より少し上流に架けられたが、1935 (昭和10) 年の豪雨により流失し、親柱のみが現在の場所付近に流れ着いた。その後、2007 (平成19) 年11月に史跡御土居の紅葉苑が開苑される際に現在の場所に再建されたとのこと。(「もみじ苑」駒札 参考)
遠目にはわからないが、渡ってみると結構勾配が急な橋だが、その上から観る川の流れや上空の楓の揺らぎはなかなかのもの。青もみじに橋の朱色がよく映えて、幻想的な雰囲気もある。
【本殿展望所】
もみじ苑の入口から北の方に緩やかな坂道を辿って行くと 「本殿展望所」 に出る。東側に開けた展望所からは、「八棟造」の国宝本殿を始め境内の様子が俯瞰でき、北野天満宮の別の面が見られるのも興味深い。
展望所のさらに先には、「天神様の七不思議」になっている天狗山と呼ばれる小山があるようだが、残念ながらそこには立ち入れない。
翠萌ゆ 谷間の川に 風薫り 緑陰の苔 いよよ瑞々し (畦の花)
<参考資料>
・ 北野天満宮 公式ホームページ
・ 『御土居跡 : 北半』 京都市考古資料館 (遺跡見て歩きマップ)
・ 『三代集の中の菅原道真』 御手洗靖大 (著) (早稲田大学大学院文学研究科紀要 第67輯, 2022.3)