京名物 幽霊子育飴
東山の清水道交差点を松原通沿いに5分程歩くと、右手に「みなとや幽霊子育飴本舗」のこじんまりとした店舗が見える。六波羅蜜寺が面する道を北進すると、その突き当たり。450年以上続くという歴史ある飴屋。
では「幽霊子育飴」とは?お店の由来書には次のようにある。
「慶長4年(1599)のこと。江村という人の妻が亡くなり埋葬した数日後、土の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。不思議に思い土を掘り返してみると、中には亡くなった妻の産んだ子が…。折しもその頃、毎夜飴を買いに来る女性がいたが、子どもが掘り出されて後はぷっつり姿を見せなくなった。その後、助け出された子は8才で出家し、修行を積んで高僧となった。以来誰言うとなくこの飴は「幽霊子育の飴」として親しまれ、教育にも滋養にも良い「薬飴」と言われるほどになった。」
透き通った黄金色の飴は、口に含むのにちょうど良い大きさで、自然な甘さが美味しい。まさに「慈愛の味」?観光客も多く訪れるようで、幽霊子育飴90g(300円)の方は、売り切れになってしまうこともあり。
【髑髏(どくろ)or 轆轤(ろくろ)?】
ところで、「みなとや幽霊子育飴本舗」のある轆轤(ろくろ)町の地名にも、幽霊子育飴にふさわしい(?)由来がある。平安時代、この辺りは葬送地「鳥辺野」の入口にあたり、多くの亡骸がこの地を通って運ばれた。風葬が主流の時代だったことから、周辺には人骨があちこちにあり、「髑髏(どくろ)町」と呼ばれるようになったとか。しかし江戸時代の寛永年間、役人によって「轆轤(ろくろ)町」と改名。不吉な名前なので、陶芸のろくろ引き職人が多く住んでいたことと語呂合わせから改められたとも言われている。
京都には古い歴史が刻まれた地名が多い。