“嵯峨虚空蔵さん” から角倉町へ
桜散り春の観光シーズンもひと段落したようなので、なかなか参拝できずにいた嵐山の法輪寺までお出かけ。
平日の午前中ということもあり、嵐電嵐山駅の混雑に巻き込まれることもなくまずは渡月橋まで。まだ4月も半ばなのに修学旅行生の姿がちらほら。桂川では餌を探して泳ぐ鴨や鵜、サギの姿。嵐山公園を歩く人も少なく、のどかな春の日。
「十三詣り」で有名な “嵯峨虚空蔵さん" こと虚空蔵法輪寺の石段は、青モミジに彩られて美しい。平日でも「十三詣り」の参拝者はいるようで、晴れ着姿もぎこちない少女が微笑ましい。
本堂に参拝してから、渡月橋が望める「舞台」へ。嵐山から小倉山、愛宕山へと続く山並み。五山送り火「鳥居形」の曼荼羅山も見える。東方面に視線を移せば、双ヶ岡がよく見える。さらにその向こうは東山連峰。展望台にはほとんど人影もなく、眺望を独り占めした気分!
渡月橋は架けられた当初は、現在よりも100m~200mほど上流にあったらしく、その名も橋の南にある法輪寺に因んで「法輪寺橋」と称されていたとのこと。「法輪寺橋」から「渡月橋」と呼び名が変わったのは、鎌倉時代になってから。
亀山上皇が橋の上空を移動していく月を眺めて「くまなき月の渡るに似る」と言ったのがその由来という逸話は有名。また流れる川も、「渡月橋」を境としてその名が変わるのも興味深い。南丹市から亀岡市にかけては「大堰川(おおいがわ)」、亀岡市保津町から嵐山までは「保津川」と呼ばれ、嵐山「渡月橋」から先は「桂川」となる(ただし行政上の表記は「桂川」として統一)。川の呼称にも歴史を感じる。橋の北西袂には「大堰川」とある。
「大堰川」と言えば、角倉了以。清滝道三条の北側には嵯峨天龍寺角倉町があり、そこに「角倉稲荷神社」となぜか「安倍晴明墓所」があるというので、ちょっと足を伸ばしてみることに。渡月橋付近とは打って変わった閑静な住宅街に、神社と墓所が隣り合って設けられていた。さらにその北側の広い敷地は「長慶天皇 嵯峨東陵」だった。
京都は深掘りすると何とも興味深い。