廣隆寺の ”勅封薬師如来”
11月22日は廣隆寺の「聖徳太子御火焚祭」の日。コロナ禍になって以来、非公開で関係者のみで実施されている。聖徳太子の忌日に行われ、本来なら本堂での法要後、護摩供が執り行われる。そして秘仏の「聖徳太子像」と「勅封薬師如来」も、この時だけ開帳される。今年は秘仏「勅封薬師如来」のみが公開されると知り、訪れてみることに。
観光シーズンでもあり、普段よりは参拝者が多いが、嵐山のような混雑は無く境内はのどか。楼門入ってすぐの講堂 (赤堂) は、春先から改修中なので、まずは上宮王院太子殿 (本堂) を参拝してから新霊宝殿に向かう。「勅封薬師如来」を初めて拝見できるのでワクワクするが、大好きな「弥勒菩薩半跏思惟像 (「宝冠弥勒」) に久しぶりに会えるのも嬉しい。
入り口を入るとすぐの左手、普段は扉が閉じられている黒い厨子が今日は開扉されている。眷属の十二神将像に守られた「薬師如来」は、想像していたお像とは少し異なっていた。頭髪を垂髻に結い、天冠台があるが白毫は無い。頸部は二道で、切長な目はうっすら開いているよう。淡いピンクと群青の衣は、腰紐で縛られている。天部の「吉祥天」のようだが、左手には薬壺がある。彩色はとても綺麗に残っている。平安前期のもののようだが、この像は「神仏習合の薬師菩薩像」と捉えられることもあるようだ。
「金堂に安置されていた」と説明書きにはあるが、現在の廣隆寺に「金堂」は無い。そもそも「北野廃寺」は、廣隆寺の前身である「蜂岡寺」ではないかという説があるほどに、廣隆寺の歴史は古く謎に包まれている。それを思えば、秘仏「勅封薬師如来」の伝来に謎が多いのも当たり前かも…。
疑問を残したまま、弥勒菩薩を始めとする国宝・重文の数々の仏像を心ゆくまで拝見して退出。
改めて境内を眺めれば、新霊宝殿の前のお庭は、苔の緑に紅葉がよく映えている。池の近くに咲く黄色の石蕗も、良いアクセントになっている。陽当たりの良い弁天社前では、白とピンクの山茶花が見頃。殊にピンクの山茶花は、見事に艶やかに咲き誇っている。
さざんかも 太子をしのぶ 寺におり (畦の花)