魚山 来迎院(ぎょざん らいごういん) (左京区大原来迎院町)

京都・寺社

浄蓮華院

 「大原バス停」から三千院方面に向かって呂川沿いを10分ほど行くと、左手に三千院が見えてくる。右手のお休処「一福茶屋」の先の石段を上り、傍の『良忍上人絵伝』を見ながらさらに川沿いに進む。辺りは次第に深閑とした雰囲気に包まれ、川のせせらぎを聴きながら歩いていると、左手に「浄蓮華院」(元は声明の寺院で、現在は宿坊) そして「来迎院 本坊 参道口」が正面に見える。木洩れ陽の中、参道は苔むした石段から山門へと向かう。

【歴 史】

来迎院 参道入り口

 平安時代初期 (9世紀)、大原の地には、最澄の弟子 円仁 (慈覚大師・第三代天台座主) によって「声明 (しょうみょう)」の修練道場が創建された。
 藤原時代 (10-12世紀) になると、大原は俗化した叡山を離れた念仏聖が修行する隠棲の里となり、長和2 (1013) 年に寂源が「勝林院」を、天仁2 (1109) 年には良忍 (聖応大師) 「来迎院」を建立。その後僧坊が集落化し、来迎院を本堂とする「上院」と勝林院を本堂とする「下院」が成立し、大原は「魚山大原寺 (ぎょざんだいげんじ)」と総称されるようになった。
 創建当初の来迎院は「三尊院」と称され、多くの堂塔伽藍を有したが、応永33 (1426) 年11月の火災で焼失。現在の本堂は天文2 (1533) 年に再建されたもの。

【鐘 楼】
 参拝入口から境内東側の石段を上ると苔むした庭に堂々とした鐘楼が建つ。梵鐘 (京都市指定重要文化財) は、室町時代中期「永享七年 藤原国次作」の銘があるという。

 

本堂

【本 堂】
 鐘楼すぐ横に本堂に通じる参道がある。天文2 (1533) 年に再建された本堂は、入母屋造・杮葺で正面には蔀戸・広縁がある。どっしりと安定感のあるお堂で、周囲の森によく溶け込んでいる。お堂の内部は中央に三尊が祀られた内陣があり、その四方が外陣のようになっている。
 <本 尊>
 中尊の「薬師如来坐像」は一際大きく、頬の張った大らかな顔立で、施無畏印・与願印を結ぶ。創建当初からの本尊と言われる。右の「阿弥陀如来坐像」、左の「釈迦如来坐像」二体は中尊より小ぶりで、作風も異なっているようで、別の仏師によるものか。三尊とも藤原時代の漆箔寄木造で国・重文。いかにも藤原時代らしい像容だが、漆箔の損傷が目立ち残念。

お庭から本堂内部を拝観

 <脇 侍>
 三尊に向かって左に「不動明王立像」、右に「毘沙門天立像」が脇侍として安置される。どちらも藤原時代後期の作ということだが、彩色がよく残り、体の動きは少ない。
 <前卓 (まえじょく)
 三尊前には牡丹唐草の細かな透彫が施された黒漆塗の大きな前卓。鎌倉彫の初期の作品とのこと。また内陣天井には天女、そして白壁には琵琶などの楽器や蓮が描かれてきれいに荘厳されている。
 <外 陣>
 外陣の左脇壇には「慈覚大師坐像」「元三大師画像」「聖応大師坐像」 (いずれも鎌倉時代のものと推定される) が、右脇壇には徳川歴代将軍尊霊が安置されている。(江戸時代、来迎院は幕府の御朱印寺として寺領を授かっていた)

鎮守堂
地蔵堂

【鎮守堂・地蔵堂】
 本堂東側の小高い場所に、西向きに小さな御堂「鎮守堂」がある。その北側には屋根に苔と草が生い茂る「地蔵堂」。木枠だけのその御堂には、これも苔むした古い石の地蔵尊がいくつも並んでいる。どちらの堂宇も鎌倉時代の建造という。また鎮守堂の南に置かれた大きな石「獅子飛石」には次のような言い伝えがあるようだ。曰く「獅子が良忍上人の唱える声明の調べに陶酔し、堂内を駆け巡り岩になった」

【御 廟】
 鎮守堂から細い道をさらに北進すると「律川」のせせらぎの音が聞こえてくる。この上流に「音無の滝」がある。川には小さな橋「清三橋」(?)が架かり、橋の手前には「聖應大師御廟」の石碑が立つ。木洩れ陽の中、橋を渡って敷石のある道を少し上ると、石段の先に重厚な石の門があり「三重石塔」の上部が見えている。
 良忍上人の墓という「三重石塔」は、鎌倉時代の作で国の重文。初層と二層目の軸は方形だが、三層目は円形の軸で、それぞれ別石の笠が積み重ねられている。塔全体が緑に苔むして時の流れを感じさせる。塔の前の供花が鮮やかで、毎日心を込めて供養されている姿が偲ばれる。

御廟の石門
聖應大師御廟
五輪石塔


 「御廟」近くには、やはり古い「五輪石塔」が置かれている。こちらも鎌倉時代のものだろうか?笠の反りが小さく、全体にどっしりとした印象を受ける。

本堂の裏手には「収蔵庫」が建てられ、さらにその奥の少し高台になった所には良忍上人創建という古い「如来蔵」がある。

「如来蔵」には、良忍上人の自筆写本を始めとして平安時代の聖教・声明等に関する貴重な文書・典籍など (重文) が収蔵されているとのこと。また最澄の得度や受戒に関する文書3通を1巻に仕立てた伝教大師度縁案並僧綱牒 (でんきょうだいしどえんあんならびにそうごうちょう)」日本最古の仏教説話集『日本霊異記』中・下巻国宝も有している。

 多くの観光客で賑わっている三千院とはまるで別世界の静けさの中にある来迎院。川のせせらぎを聴きながら樹々に囲まれて深呼吸すると、とてもゆったりとして心落ち着く。この森に流れる声明を聴いてみたい、そう思う。

 深き森 苔むす庭の 古寺に 石楠花の色 華やぎ添える (畦の花)

<参考資料>
 ・  魚山 来迎院   参拝用リーフレット
 ・   「森と水と心と。京都洛北。」   NPO法人 京都洛北・森と水の会
 ・  「国指定文化財等データベース」  文化庁