隨心院の御仏に逢いに
4月下旬から5月にかけて行われた “京都非公開文化財特別公開 (京都古文化保存協会主催)" で、隨心院 (ずいしんいん, 山科区小野) の修理が完了したばかりの仏像三体(いずれも重文) が揃って披露された。
仏像が安置される本堂は、「表書院」「能の間」東側の廊下を北へと進んだ一番奥にある。「表書院」では狩野派作『四愛図』のだまし絵を間近に体験できたり、「小野小町文張地蔵尊像」も拝見。
安土・桃山時代に建立されたという本堂は、蔀のある寝殿造風の建物で広い濡れ縁が付く。本堂内に入るとまず「大壇」があり、その奥の須弥壇中央に本尊「如意輪観世音菩薩坐像」(重文) が安置されている。そして脇を囲むように向かって右に「金剛薩埵坐像」(重文)、「薬師如来坐像」、「釈迦三尊像 (釈迦如来坐像, 文殊菩薩坐像, 普賢菩薩坐像)」そして開基「仁海僧正坐像」が並ぶ。また左には「阿弥陀如来坐像」(重文)、「不動明王立像」、「弘法大師坐像」とあり、なかなかに壮観。造像の時代は平安から江戸時代にまで及び、当寺の歴史を物語っているようにも思われる。
文化庁、宮内庁、読売新聞社が官民連携で取り組む 『紡ぐプロジェクト』 で、文化財修理助成事業の対象となった「如意輪観世音菩薩坐像」「阿弥陀如来坐像」「金剛薩埵坐像」の三体は、2021年度から23年度にかけて順次修理が行われた。また床材がシロアリ被害にあっていたため2022年9月より改修工事が施工されていた本堂も、今年 (2024年) 3月に工事が完了し、本堂内に諸仏が揃っての公開は4年ぶりのこと。
【如意輪観世音菩薩坐像 (重文)】
隨心院の本尊「如意輪観世音菩薩」は、通常は毎春秋の一般公開以外は本堂厨子に安置されている秘仏。鎌倉時代に運慶の弟子によって作られたとされ、像高96.3㎝、檜材の寄木造、漆箔仕上げで玉眼を嵌入。
修理にあたった公益財団法人「美術院」によれば、X線撮影により造像当初から少なくとも2回の大がかりな修理があったことが判明。今回の修理では、後世の作とみられる左手の指4本を取り外し、新たに制作されたものを接合。また腕の付け根付近などに打たれていた鉄釘は、錆びにくい真鍮製の釘に取り替えられた。さらに顔部分を中心に進んでいた漆箔の剥落止めについては、経年による古色を残して従来の佇まいも維持する配慮がなされたとのこと。
首をやや右に傾け、目尻の上がった目の玉眼を見つめていると、何か語りかけられるような気がしてくる。キリッと引き締まった口元には、強い意志を感じる。六臂で、右手第1手の背を軽く頬にあてた思惟の姿は、美しい。輪宝、蓮華、宝珠を持つ。右膝を立て、左右の足裏を十字に合わせた “輪王座" の姿勢は、のびやかでありながら威厳漂う。引き締まった腰や流れるようにゆったりとした衣文表現からは、官能的な魅力すら感じられる。
【阿弥陀如来坐像 (重文)】
像高86.5cm、檜材の割矧(わりはぎ)造、漆下地漆箔仕上げ。定朝の流れをくむ作者による平安時代後期の制作とされる。前回修理から100年以上が経過し、漆箔が下地から浮き上がるなど剥落が進行していたため、今回の修理では、剥落止めを中心に虫蝕処理も施されたという。
全体に柔らかで穏やかな印象を受ける。ふっくらとした面貌に微睡むようにも見える目。肩のあたりは丸みを帯びてゆったりとした感じだが、結跏趺坐して弥陀定印を結ぶ腕や膝の肉付きはむしろ薄い。平行して流れる衣文の彫りは浅い。柔和で優美な造形はまさに定朝様。
【金剛薩埵 (こんごうさった) 坐像 (重文)】
像高102.1cm、檜材の割矧(わりはぎ)造、漆下地漆箔仕上げ。像内に「巧匠法眼快慶作」の朱書銘があることから、鎌倉時代の造像であることが明らかになっている。
1965年に修理されているが、当時は漆箔の剥離止め技術があまり発達していなかったため、今回の修理では漆箔の剥落止めを中心として、虫穴詰めや光背の柄の取り付け直しなどかなり大変な作業であったようだ。
引き締まった細身の体で、右手に五鈷杵、左手に五鈷鈴を持ち、高く結った宝髻に五仏 (?) 宝冠 を被る姿は、金剛界の金剛薩埵なのだろうか。目尻が少し上がった切れ長の目に、強く結んだ口元を持つ面貌は、理知的で厳しさが感じられる。普賢菩薩と同体とされる金剛薩埵は、密教では大日如来と衆生を結ぶ接点となる仏として重要視されるという。真言宗善通寺派の大本山である隨心院らしい仏像だ。
本尊「如意輪観世音菩薩坐像」と「金剛薩埵坐像」は、建保5 (1217) 年から始まった当寺初代門跡 親厳 (しんごん) による修造時の造像とみられる。快慶作「金剛薩埵坐像」をお目当てに拝観に訪れる人も多いようだ。
今回は「京都十三佛霊場巡拝」の11番札所として「阿閦如来」を拝観するのが主目的だったが、残念ながら「阿閦如来」は本堂「大壇」の宝塔に祀られている秘仏で拝観は叶わなかった。しかし普段は立ち入ることのできない内陣で、目が合うほど近くでじっくりと様々な仏像を拝見できたことは良かった。
<参考資料>
・ 隨心院 website 及び “修理事業概要” パネル
・ 「紡ぐ TSUMUGU:Japan Art & Culture」 公式サイト "修理リポート" (2022.3.12, 2023.4.6, 6.6)
・ 文化審議会答申 「国宝・重要文化財 (美術工芸品) の指定及び登録有形文化財 (美術工芸品) の登録について」 (令和2年3月19日)
・ 高野山霊宝館 「収蔵品紹介」 (公財) 高野山文化財保存会